東京高等裁判所 昭和55年(ネ)314号 判決 1981年1月28日
第二六二号事件控訴人・第三一四号事件被控訴人(第一審原告)
小泉康太郎
右訴訟代理人
榎本武光
第二六二号事件被控訴人・第三一四号事件控訴人(第一審被告)
三友電気株式会社
右代表者
小椋力男
右訴訟代理人
猪股喜蔵
外二名
主文
第一審原告の控訴を棄却する。
原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。
右部分につき第一審原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、第二審とも第一審原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一昭和三二年ごろ訴外三五郎がその所有にかかる別紙物件目録記載の本件建物を第一審被告に引渡したこと及び本件公正証書による遺言のなされたことは当事者間に争いがない。この建物引渡が賃貸借契約に基づくものであるかどうか、その賃料が定められていたかどうか、又それが後に増額されたかどうかは何れも当事者間に争いのあるところであるが、右各事実の有無はともかくとして、第一審被告は抗弁事実として、右遺言は無効であり、したがつて第一審原告は本件建物につき右三五郎から本件建物の賃貸人たる地位を承継したといえないと主張するので、次にこの点について判断する。
二<証拠>によれば、三五郎は昭和四九年三月五日、「同人が従前なした遺言は全部取消す」旨の自筆証書遺言をしたことが認められる。
ところが第一審原告は本件自筆遺言書には、民法所定の加除変更の方式がとられていないので無効であると主張する。なるほど本件の自筆遺言書である乙第一号証の二は別紙のとおりで、その全文中、「私は今まで遺言書を書いた記憶はなが(「記憶はないが」の意であることは全体の趣旨から明瞭である。)つくつた遺言書があるとすれば」との記載の次に「そ」と書きこれを×印で抹消し、それに続けて「それらの」と書いた後、次行上段に「ユ」と書きかけて、行を改め「遺言書は全部」と続け、その次に「取消……」と記載した部分を直線を数条引いて抹消し、続いて次の行の下方に「取消す」と書いて本文を結んであることが認められる。そして右の「そ」、「ユ」及び「取消……」の、三カ所には、「氏名自書」名下に押捺された印と同一の印がそれぞれ押捺されている。しかしながら特段に「加除変更の場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名した」形跡は見あたらない。この点で本件証書は民法第九六八条第二項に定める自筆証書遺言の方式に背く感がないともいえない。しかしながら同条項は一旦有効に成立した自筆証書遺言を該証書に加除を加えることにより変更しようとする際の方式を定めたものであり、このことは右の方式に従わない変更は無効であり、加除前の遺言がそのまま有効であるとされていることから明らかであるといわねばならない。一方<証拠>によれば、訴外三五郎は右の自筆遺言書を作成するに先立ち、乙第三号証の二の「遺言書」と題する書面を下書きしそのうえで、本件自筆遺言書を作成したこと、その作成過程で三五郎は筆をすすめながら上記三カ所の各部分につき書損じたことをその都度認識し、そのうえで前述した遺言の趣旨を同書面上に自書しかつ右各部分に自ら印を押捺したことが推認される。しかも右の乙第一号証の二及び第三号証の二の何れについても、東京家庭裁判所において検認がなされていることは、<証拠>に徴し明白である。したがつて一部書損じの抹消を含む本件自筆証書による遺言は、一旦有効に成立した自筆証書の変更の場合と異なり、もともと民法の前記条項により無効とされるいわれはなく、この点に関する第一審原告の主張は採用することができない。それゆえこの日付の以前である昭和四九年一月二二日付でなされた本件遺言公正証書による前記遺言は、右自筆証書遺言により取消されたものというべきであり、したがつて第一審原告が三五郎の本件建物賃貸人たる地位を承継するいわれも存しない。したがつて第一審原告には同建物の賃料全額を請求する権利はないから、その余の判断をまつまでもなく、第一審原告の本訴請求は理由がないものといわなければならない。(第一審原告は三五郎の長男であることは当事者間に争いがなく、したがつて遺贈が無効であるとしても、相続により本件賃料債権の一部を取得した可能性があるが、第一審原告は、相続分に応ずる一部分の請求はしない旨を明らかにしているから、当裁判所はこれに対する判断をなしえない。)
三よつて原判決中第一審原告勝訴部分は不当であるからこれを取消し、第一審原告の請求を棄却し、原判決中その余の部分は正当であるから第一審原告の控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(石川義夫 廣木重喜 原島克己)
物件目録<省略>